著者紹介
南界。詩人。一九八〇年代、四川に生まれ、九〇年代を広東で過ごし、いまは台湾に暮らす。早くから散文と詩を発表し、二〇〇〇年に複数の詩集を刊行したのち、高校を中退して各地を漂泊した。のちに上海で中国ロック音楽の研究により文学博士号を取得し、まもなく台湾へ渡った。静かなるときは読書し、動くときは旅をする。二〇二三年から二〇二五年にかけて、台北にて初の長詩『南方』を完成させた。
『南方』:
從安靜的詞語中生長出來的南方 帶著潮濕的感覺 巨大的蕨類植物,遮擋了雨水和光線 彎彎曲曲的小路,通向詩 一種奇特的啟示,向我們展示,那些 我們從沒見過的事物 又或許,一些並不存在的事物 在誘惑著我們
二〇二三年、台北。この詩句から『南方』は姿を現し始めました。
青春の燃焼が静謐へと向かい、中年の平穏な日常のなかで、詩人は人生に刻まれた、柔らかく長く続く瞬間を掬い上げます。記憶と沈黙のフラッシュバックのなか、海風、地震、そして島にあがる花火とともに、小ささと広大さ、脆さと強さが共存する詩句が、果てしなく連なっていきます。
『南方』には、詩人が一九八〇年代から現在に至るまで、幼少期から中年期にかけて、制度の内と外、そして台湾海峡の両岸において生きてきた経験が凝縮されています。成都、北京、台北、上海、ラサ、香港——歴史と感情のさまざまなエネルギーの結節点が互いに力を交わし、揺れ動くなかで、光と闇が交錯し、生と滅が波打つひとつの世界を形づくります。希望と絶望、生の力と破壊への衝動のあいだで、詩性は深海のように、静謐のなかに動力を孕んでいます。
台湾の海風に吹かれながら、作者は自身の「アジアの詩」を書き上げました。その性質において、これは台湾海峡の両岸における歴史と生の経験を織り込んだ、最初の長詩です。そのエネルギーは既存の現実の枠組みから溢れ出し、アジアに対する能動性と慰めを内包しています。ここで「長詩」が与えるものは、ひとつの個的な世界の充溢です。さらに、序文として「塵埃にも金剛の質がある」を収録し、この長詩が形成されていった軌跡と視野を示しています。
詩と現実のあいだで、作者は『南方』が単なる詩集ではなく、ひとつの手引きとなる一冊でもあることを願っています。読むだけではなく、使い得るものとして。『南方』のエネルギーの振動のなかで、感情と思考の結節点がひらかれ、繊細で生き生きとしたエネルギーが甦ります。その流れのなかに個人の詩性が姿を現し、その詩性のなかから、新たな現実が変容し、立ち現れていきます。